プロフィール

Author:みらい姐さん
日々のストレス吐き出しブログです。
高3の長女と高1の次女、ダンナの4人家族。
長女はADD(注意欠陥症候群)で2006年6月に自殺未遂。
現在夫婦でうつ病治療中、ダンナは薬の副作用で40代にして10年前から糖尿病。
自身は膝関節症と若干パニック障害気味?
それでも何かいい事探して毎日を過ごしたいと思ってる健気なアタシ。(笑)

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2007/06/28 (Thu) 20:07
なんだかもう・・・

なんでこう何一つ良い方向に向かないんだろう。

かなり長くなると思われますので、相変わらずの私のグチにお付き合い頂ける方のみ続きをどうぞ。

昨日は長女の学校に行ってきました。
本人が頑として譲らない「中退」の話をするために。

長女の高校は某新興住宅地の奥にあります。
不登校の末、普通に受験ができないと知り、それでもサポート校よりは普通高校の方が本人に良いだろうとたくさんの学校を見学し。
今の高校もそのひとつでした。
説明会に行ったのは11月末。駅前はまだ、ただの野っ原。そこを通り、道に迷っていると田んぼで仕事をしているおじさんに「おじさ〜ん!○○高校ってどこですか?」と声をかけた長女。「あー、この先を曲がって坂を登ったところだよー」と教えてくれたおじさん。
生徒中心の活気ある説明会の後、個別相談で教頭に会い、「不登校でも受験できますか?」と恐る恐る質問したところ「大丈夫ですよ」とにっこり笑ってくれた。緊張する長女にいくつか質問をし、「大事なのは君が『頑張れる』と思うことなんだよ。頑張れそうかな?」と問いかけられ、長女は頷いた。「やっと笑ってくれたね」とおおらかに受け入れてくれた教頭には今でも感謝の気持ちで一杯だ。半年の休学の後、復学を改めて決心したので「事情はいろいろあると思いますが、1年の時の担任の先生を本人がとても信頼しているので、できれば担任は○○先生でお願いできますか」と厚かましい電話を入れた際にも「確約はできませんが、努力します」と言ってくれた。
結果、再び1年の時の先生が担任についてくれる事になり、それを置きみやげにするように教頭は4月から他校へ異動になってしまった。

昨日も担任(50歳くらいの男性教諭)と1時間半ほど話し、言いだしたら絶対にきかない長女の性格を考えた上で説得しても学校には戻らないだろう、という話をすると心底心配してくれた。
1年間担任を持ってもらい、「男性恐怖症」だった当時、ついうっかり肩を叩いてしまったときに過剰反応した娘を心配して電話してきてくれたり、この先生にも本当に感謝している。
いろい話をした上で「そこまで本人が言うならやらせてみるしかないようですね」と言いながらも、本人には退学した事にしておいて実は休学にしておき、後から辞めた事を後悔するようなら戻ってこられる道を考えてくれていたり、高卒の資格をなくす娘のために残り単位取得のための通信高校を探してくれたり。
最後には次女も不登校状態の我が家を心配して「お母さん、大丈夫ですか?」と何回も言ってくれた。
こんないい先生に出会ったのに、なぜそれを捨てるのか。中学時代の無責任教師の団体にくらべて、どれだけ真剣に考えてくれていることか。

話は戻るけど、学校へ向かう道々、説明会の時は野っ原だったのが受験の頃には家の骨組みが立ち並び、「春には完成した家を見ながら登校できればいいな・・・」と切実に願いながら歩いた。
そして無事合格し、様子を見るために役員を引き受けた私は真新しい家に次々と人が入っていくのを観察しながら月に2〜3回学校に行っていた。
そして昨日。
最初に建った家の2階のウッドデッキが雨風に晒されてすっかり変色しているのを見て、3年間近い年月を実感した。そして「この道を歩くのも最後になるかもしれないな」とも。帰り道、並木になっているポプラの葉を一枚取ってきた。
先生と話している間は、娘が所属していた演劇部の発声練習が聞こえてきた。
間違いなく、この学校から卒業する事はないと思うので、帰りはすっかり切なくなってしまった。


そして次女。
過呼吸の発作と息苦しさから家で少し動くにも「苦しい」と言う。
私がどれだけ苦しかったかわかっただろ、と思いながらもとりあえず合う病院を探さなければならないのでしばらく学校は休むしかなく。
本人いわく「教室の空気が違う。無視されたりしている」と言うので長女の学校から帰った後に次女の担任に電話をしたり。
こっちはこっちで中学時代を思い出すような嫌な教師なので、相手の出方をうかがいながらいじめの現状確認の依頼をし。

話は少しそれるけど、私は次女のクラスメイトとメール友達だった。その子が嵐ファンで、次女が「うちの親もだよ」と話したところ「メル友になりたい」と言いだし、たまに私が加工した嵐の画像を送ってあげるとハイテンションですぐに返事が返ってきたりした。
それが、つい最近画像を送ってあげたのに返事が来ない。どうしたのかな、とは思っていた。
なので、クラスで無視されると言う次女に「○○ちゃんは?」と聞くと「話しかければ返事はしてくれるけど、自分からは近付いて来なくなった」と言う。あぁ、そういう事だったのか、と納得した。
だから次女の言い分もあながち思いこみではない。

でも、体調不良を理由に欠席を続けているのに毎日のように彼氏の家か友達の彼の家に行く。
「家で動けないくせになんで出歩けるんだ」と聞くと「だって家の中で話しているだけだから動かないもん」と。
ただ、担任から「休んでいるのに地元付近で出歩いているのを見かけた、と言う子もいるんですよ。そうなると多少の反感は出てくるかもしれませんね」と言われ、言葉が返せなかった。

今日も夕方に電話するとやはり友達の彼の家にいると言う。
「いい加減にしろ。何時に帰ってくるんだ」と言うと「○○ちゃんと彼氏がケンカして飛び出したまま帰ってこないから心配して探しているからわからない」と。
「ふざけるな。意味がわからない。小学生じゃあるまいし」と思わず怒鳴りつけると「母さんに私の気持ちなんてわからないでしょ!」と言い返す。
「だったらお前に母さんの気持ちはわかるのか。具合悪くて医者を捜し歩いて、お前達は何ひとつ家のことを手伝わないで」と更に返すと電話を切ってしまった。


私が家を出るのは朝9:15頃。好き放題して遅い娘達は昼頃起きる。
次女はそのまま彼氏のところへ出かけ(そもそも彼氏はどういう生活してるんだ)、長女はヘタすると3時頃まで寝ていてシャワーを浴びてバイトに行く。
そして2人とも夜11時前後に帰ってきてご飯を食べ、次女は寝てしまい、長女は明け方までパソコンか携帯。
こんな生活が1ヶ月も続いている。長女に関してはもう半年以上だ。
私が仕事から帰ると誰もいない部屋に布団が敷きっぱなし、テーブルの上は食べっぱなし、パジャマも服も脱ぎっぱなし。

これでキレたら甘いですかね?
なんで私は仕事(毎日ではないけど)帰りにヤツらの明日の昼間食べるものや夕飯を買い物して、帰るなり洗濯して、洗い物して、夕飯作って待ってなきゃならないんですかね。
ついついヤツらの好きなものを探してしまう自分が情けなくもあり、それでもどうにか現状を良くしようとあれこれ手を尽くしているのに。

長女は家を出て仕事しながら寮かアパートで独りで生活すると言う。
やれるんならやってみろ。
まず仕事と住む場所を探してこい。
退学するならそれと同時に家を出て自分で生活してみろ。
バイト代は全額好きなコスプレイベントに使い切っている生活のくせして。

次女は友達探してあちこち走り回れるんなら学校に行け。
甘ったれた根性で「編入試験を受けたい」なんて笑わせるな。そんな事で合格するわけがない。
だったら最初から塾も担任も親も勧めていたその学校を受験しろ。そしたら今の私立になんてならなかったんだから。

何回も言ってるけど、疲れた。
親はどこまで自分を犠牲にすればいいんだろう。
それを「無償の愛」と言うなら、私には無理。
思わずダンナに「家庭放棄していい?」と言ったら「僕にはどう対処しろと言うの?」と。
爆発した勢いなんだから「落ち着きなよ」のひと言くらい言えないのか。いつもダイレクトに事態を受け止めるのは私なんだから。

子供がいなければこの人とは一生仲良くやっていたかもしれない。
でも、子供に向き合う「何か」が違う。
それとも母親ってのは毎日忙しく夫を気遣ってグチすらもぶつけてはいけないんだろうか。
糖尿だから食事もあまりいい加減にできない。
作らなければ行きつけの店で飲んで帰ってくる。
そんな生活続いたら結果は見えている。
それこそ実家から何を言われるか。

「明けない夜はない」とよく言うけれど、その夜がいつ明けるのかは誰も知らない。
だれか夜明けの時期を教えてください。
もしくは夜が明ける方法を教えてください。

それでも「独りで大変がっているだけで、みんな同じ」なんでしょうか。

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